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越前から全国へ福井の魅力を発信!
ふくいブランド「越前の祭礼」FUKUI BRAND/From Fukui to the World

ふくいブランド「越前の祭礼」

  • ふくいブランドとは
  • ふくいブランド越前の祭礼『三国祭』
  • ふくいブランド越前の祭礼『勝山左義長』
  • ふくいブランド越前の祭礼『お水送り』
  • ふくいブランド越前の祭礼『放生祭(ほうぜまつり)』
  • ふくいブランド越前の祭礼『日向(ひるが)の水中綱引き』
  • ふくいブランド越前の祭礼『水海(みずうみ)の田楽能舞』

ふくいブランドとは

◆ 越前・福井の地域ブランドを集結
福井県では全国トップクラスを誇る「健康・長寿」をブランドコンセプトの中心に据え、越前福井の持つ個々の地域ブランドを集結することで福井県全体のイメージ=「ふくいブランド」が、全国の人々から好感を持って受け入れられるものとなるべく、地域とともに取り組んでいます。三国温泉 お宿あらやは「ふくいブランド大使」に認定されており、越前蟹(えちぜんがに)の魅力を全国に発信しています。福井の魅力ある地域ブランドとはなにか、その一部をご紹介します。

◆ 『ふくいブランドハンドブック』
このコンテンツは福井県観光営業部ブランド営業課が発行している『ふくいブランドハンドブック』を参考文献として用いました。

ふくいブランド越前の祭礼『三国祭』

◆ 初夏の湊町を彩る北陸三大祭のひとつ ~ 坂井市三国町山王・三国神社:5月19日~21日
三国神社の春の例祭。20日の中日祭では、お囃子や掛け声が響き渡るなか、奉納する山車(やま)6基が三国神社前に集結。高さが6mにも及ぶ巨大な武者人形を飾った山車と神輿が古い湊町一帯をにぎやかに練り歩く様は迫力満点です。祭りの魅力は何といっても、町内6区がそれぞれ趣向を凝らして披露する山車で、毎年作り変えられる人形の趣向や細工も見どころのひとつ。露店、屋台もズラリと並び、湊町の繁栄と心意気を今に伝えています。

ふくいブランド越前の祭礼『勝山左義長』

◆ 三百年の歴史を誇る奥越前の奇祭 ~ 勝山市本町ほか2月最終土・日曜日
左義長は、古く平安時代に始まり、全国各地で行われている小正月の火祭りです。各町内にたてた櫓の上で、赤いじゅばんで女装した男衆や子供が、三味線などに合わせて浮かれ踊りながら太鼓を叩くのは全国で勝山左義長だけであり、これが「奇祭」と呼ばれる所以です。また、カラフルな色彩の短冊により町中を装飾するのもここだけ。最終日には、九頭竜川原でご神体に一斉に火が放たれ、祭りのフィナーレを飾ります。

ふくいブランド越前の祭礼『お水送り』

◆ 若狭路に春を告げる神事 ~ 小浜市竜前・神宮寺3月2日
3月12日の奈良・東大寺のお水取りに先立って、3月2日に小浜・神宮寺と鵜の瀬で行われる送水神事です。約1200年前、東大寺二月堂建立時の法会に遅れた若狭の遠敷明神がお詫びに水を送ったのが始まりとされています。鵜の瀬では、たいまつが川面を照らし出す中、神宮寺の別当が送水文を読み上げ、御香水を竹筒から川面へ。注がれた御香水は10日間かかって、東大寺二月堂の若狭井に届くと言い伝えられています。

ふくいブランド越前の祭礼『放生祭(ほうぜまつり)』

◆ 受け継がれる時代絵巻 ~ 小浜市男山・八幡神社9月第三土・日曜日
300年以上受け継がれてきた小浜八幡神社の例祭。もともと若狭小浜祇園祭の出し物として奉納されていたもので、現在では、毎年小浜市の旧市街地の24区が、地区に伝承された伝統芸能を12区ずつ隔年で披露しています。5種類の出し物が行われることが一番の特徴で、一般的な祭りが山車や神輿、神楽など2・3種類の出し物であるのに対して、放生祭では、これに加えて大太鼓、獅子も登場。大太鼓の出し物では、棒振りが勇壮に立ち回る姿が見ものです。

ふくいブランド越前の祭礼『日向(ひるが)の水中綱引き』

◆ 海の男たちの勇壮な祭り ~ 三方郡美浜町日向1月第三日曜日
300年前から続く、大綱を引き合い一年の吉兆を占う伝統行事で、大綱を運河に張って大蛇を退散させたという伝説を起源とする説があります。三方五湖の一つ日向湖から日本海にそそぐ運河に張り渡した、長さ40m・太さ30cmもの大きな藁の綱を、東西に分かれた若者たちが水中に飛び込んで引き合い、嚙みちぎるなどして海に流します。冬の身を切るような冷たさの海に、次々と飛び込む若者たちの勇壮な姿に魅せられた見物人が県内外から集まります。

ふくいブランド越前の祭礼『水海(みずうみ)の田楽能舞』

◆ 寒風ふるわす舞の力強さ ~ 今立郡池田町水海鵜甘神社2月15日
750年ほど前、時の執権北条時頼がこの地を訪れた際、村人たちは「田楽」を舞って歓迎し、時頼は「能舞」を教えたことが始まりとされています。以後、豊作祈願の民俗行事として農民の中に生まれた田楽と、芸能として発達した能舞の二つの性格を併せ持つ珍しい田楽能舞(でんがくのうまい)が、毎年厳かに奉納されており、これは芸能発達史上、高い価値を持っています。また、町内には能面が41も現存しており、多くは室町時代以前のものといわれています。

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