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越前から全国へ福井の魅力を発信!
ふくいブランド「越前の偉人」FUKUI BRAND/From Fukui to the World

ふくいブランド「越前の偉人」

  • ふくいブランドとは
  • ふくいブランド越前の偉人『継体大王』
  • ふくいブランド越前の偉人『紫式部』
  • ふくいブランド越前の偉人『道元』
  • ふくいブランド越前の偉人『蓮如』
  • ふくいブランド越前の偉人『柴田勝家』
  • ふくいブランド越前の偉人『結城秀康』
  • ふくいブランド越前の偉人『佐々木小次郎』
  • ふくいブランド越前の偉人『近松門左衛門』
  • ふくいブランド越前の偉人『笠原白翁』
  • ふくいブランド越前の偉人『橘曙覧』
  • ふくいブランド越前の偉人『梅田雲浜』
  • ふくいブランド越前の偉人『松平春嶽』
  • ふくいブランド越前の偉人『由利公正』
  • ふくいブランド越前の偉人『橋本左内』
  • ふくいブランド越前の偉人『岡倉天心』
  • ふくいブランド越前の偉人『山川登美子』
  • ふくいブランド越前の偉人『白川静』

ふくいブランドとは

◆ 越前・福井の地域ブランドを集結
福井県では全国トップクラスを誇る「健康・長寿」をブランドコンセプトの中心に据え、越前福井の持つ個々の地域ブランドを集結することで福井県全体のイメージ=「ふくいブランド」が、全国の人々から好感を持って受け入れられるものとなるべく、地域とともに取り組んでいます。三国温泉 お宿あらやは「ふくいブランド大使」に認定されており、越前蟹(えちぜんがに)の魅力を全国に発信しています。福井の魅力ある地域ブランドとはなにか、その一部をご紹介します。

◆ 『ふくいブランドハンドブック』
このコンテンツは福井県観光営業部ブランド営業課が発行している『ふくいブランドハンドブック』を参考文献として用いました。

ふくいブランド越前の偉人『継体大王(けいたいだいおう)』

◆ 継体大王(けいたいだいおう)5世紀中頃~531
母からの実家のある越前の高向(たかむく、現在の坂井市)で育ち、越の国・福井の地を本拠として活躍。治水事業の実施や笏谷石・越前漆器の始祖など、その業績はいくつもの伝説として残っています。507年に樟葉宮(現在の枚方市)で即位、平成19年が1500周年にあたります。在位中には北九州で起こった磐井の乱の平定や朝鮮半島との外交に力を発揮。推古天皇の祖父、聖徳太子の曽祖父にあたります。

ふくいブランド越前の偉人『紫式部(むらさきしきぶ)』

◆ 紫式部(むらさきしきぶ)973?~1014?
「源氏物語」の作者。歌人、物語作家。父藤原為時の越前守任命に伴い越前国府(現在の越前市)に入り、約一年数か月を越前で暮らしました。

ふくいブランド越前の偉人『道元(どうげん)』

◆ 道元(どうげん)1200~1253
曹洞宗を開いた鎌倉時代の禅僧で、永平寺の開祖。宋(中国)で禅を学び帰国後、1243年に越前に入り、「正法眼蔵」の著述などを行いました。

ふくいブランド越前の偉人『蓮如(れんにょ)』

◆ 蓮如(れんにょ)1415~1499
浄土真宗本願寺派の僧侶で第8世宗主。本願寺を興隆した中興の祖。1471年越前に赴き、吉崎(あわら市)を布教の本拠としました。

ふくいブランド越前の偉人『柴田勝家(しばたかついえ)』

◆ 柴田勝家(しばたかついえ)?~1583
織田信長に仕えた有力な武将。北庄に居城を築き、越前を支配。信長の死後、羽柴(豊臣)秀吉との戦いに敗れ、お市の方と共に北庄城で自害しました。

ふくいブランド越前の偉人『結城秀康(ゆうきひでやす)』

◆ 結城秀康(ゆうきひでやす)1574~1607
福井藩初代藩主。徳川家康の次男として生まれる。関ヶ原の戦いの恩賞として越前一国68万石を与えられ、福井藩が成立。二代将軍徳川秀忠の異母兄にあたり、大名としては別格の処遇をうけました。

ふくいブランド越前の偉人『佐々木小次郎(ささきこじろう)』

◆ 佐々木小次郎(ささきこじろう)?~1612
戦国時代から江戸初期の剣豪。三尺あまり(約1メートル)の大太刀を持ち、秘剣つばめ返し(虎刹剣)を編み出したと言われます。宮本武蔵との戦いを描いた小説が有名。

ふくいブランド越前の偉人『近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)』

◆ 近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)1653~1724
「曽根崎心中」や「国性爺合戦」などの作品で知られる、浄瑠璃・歌舞伎作者。父は吉江藩士杉森信義で、多感な幼少期を吉江(現在の鯖江)で過ごしました。

ふくいブランド越前の偉人『笠原白翁(良策・かさはらはくおう)』

◆ 笠原白翁(良策・かさはらはくおう)1809~1880
幕末の医師。牛痘による天然痘予防のため、痘苗輸入を進め、福井に公立種痘所「除痘館」を開設。全国に先駆けて種痘の普及に努めました。

ふくいブランド越前の偉人『橘曙覧(たちばなあけみ)』

◆ 橘曙覧(たちばなあけみ)1812~1868
クリントン大統領(当時)や小泉元首相らが引用した「たのしみは・・・」で始まる「独学吟」の連作で知られる幕末の歌人・国学者。福井での隠棲生活の中、作歌を続け、没後、正岡子規にも絶賛されました。

ふくいブランド越前の偉人『梅田雲浜(うめだうんぴん)』

◆ 梅田雲浜(うめだうんぴん)1815~1859
小浜藩士の儒学者で大津や京都で塾を開く。尊王攘夷を唱え、志士の指導者となって、吉田松陰らとともに攘夷のため奔走しましたが、安政の大獄で捕らえられ獄死しました。

ふくいブランド越前の偉人『松平春嶽(まつだいらしゅんがく)』

◆ 松平春嶽(まつだいらしゅんがく)1828~1890
福井藩16代藩主、松平慶永。幕末の福井藩の財政復興や人材育成に努め、藩政改革を推進。国政においても、15代将軍徳川慶喜の補佐として幕末の改革に尽くすなど、その中心を担い「幕末の四賢候」に数えられました。明治維新後も議定、大学別当などを歴任しました。

ふくいブランド越前の偉人『由利公正(ゆりこうせい)』

◆ 由利公正(ゆりこうせい)1829~1909
幕末・明治期の政治家(福井藩士)。福井藩政の改革に努力。維新後は坂本龍馬の遺言により新政府の参与となり「五箇条の御誓文」の起草にあたりました。福井県では、平成17年にこの起草案を入手し、現在、県立図書館に所蔵、学校の授業でも活用しています。また、最初の政府紙幣である太政官札を発行して、新政府の財政危機を救いました。東京府知事に就任し、銀座通りの整備を行ったことでも知られています。

ふくいブランド越前の偉人『橋本左内(はしもとさない)』

◆ 橋本左内(はしもとさない)1834~1859
幕末の福井藩士。15歳のとき著した「啓発録」が有名。大坂の緒方洪庵に師事して蘭学(医学)を学びました。藩主春嶽の命により、国政においても世界的視野を持って外交問題や将軍継嗣問題で活躍しましたが、春嶽と対立した大老井伊直弼の弾圧(安政の大獄)により26歳の若さで死罪に処せられました。

ふくいブランド越前の偉人『岡倉天心(おかくらてんしん)』

◆ 岡倉天心(おかくらてんしん)1863~1913
明治・大正期の美術指導者。福井藩士岡倉勘右衛門の次男。アメリカの東洋美術史家フェノロサの日本美術研究を手伝った天心は、1890年東京美術学校(現東京芸術大学)の校長に就任、横山大観や菱田春草などに大きな影響を与えました。また、「日本美術院」を創設し、近代日本画の創造に尽力するとともに、渡米して「茶の本」などの英文著作により東洋文化の紹介に努めました。

ふくいブランド越前の偉人『山川登美子(やまかわとみこ)』

◆ 山川登美子(やまかわとみこ)1879~1909
現在の小浜市生まれ。与謝野晶子と並んで「明星」初期の女流歌人として、浪漫主義短歌の進展に大きく貢献。与謝野鉄幹への恋を諦め、悲恋の歌を残し、短い生涯を終えました。

ふくいブランド越前の偉人『白川静(しらかわしずか)』

◆ 白川静(しらかわしずか)1910~2006
福井県福井市出身。文化勲章受賞者。漢字・文字研究者。古代漢字学で著名な学者で、中国の古代文字である甲骨文や金文を分析。従来の漢字解釈を覆し、中国の古代人の生活と意識にまで踏み込んだ「白川文字学」を確立されました。福井県立図書館には、白川氏の功績を称えるとともに漢字の歴史や成り立ちを学ぶ契機として「白川文字学の室」があります。

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