越前の旅「越前の歴史」

越前の旅「越前の歴史」

越前の旅「越前の歴史」

  • ふくいブランドとは
  • 越前の旅 越前の歴史『越前小浜の寺社仏閣』
  • 越前の旅 越前の歴史『曹洞宗大本山永平寺』
  • 越前の旅 越前の歴史『戦国大名朝倉氏』
  • 越前の旅 越前の歴史『平泉寺』
  • 越前の旅 越前の歴史『丸岡城』
  • 越前の旅 越前の歴史『福井県立歴史博物館』
  • 越前の旅 越前の歴史『福井市立郷土歴史博物館』
  • 越前の旅 越前の歴史『福井県立若狭歴史博物館』

ふくいブランドとは

◆ 越前・福井の地域ブランドを集結
福井県では全国トップクラスを誇る「健康・長寿」をブランドコンセプトの中心に据え、越前福井の持つ個々の地域ブランドを集結することで福井県全体のイメージ=「ふくいブランド」が、全国の人々から好感を持って受け入れられるものとなるべく、地域とともに取り組んでいます。三国温泉 お宿あらやは「ふくいブランド大使」に認定されており、越前蟹(えちぜんがに)の魅力を全国に発信しています。福井の魅力ある地域ブランドとはなにか、その一部をご紹介します。

◆ 『ふくいブランドハンドブック』
このコンテンツは福井県観光営業部ブランド営業課が発行している『ふくいブランドハンドブック』を参考文献として用いました。

越前の旅 越前の歴史『越前小浜の寺社仏閣』

◆ 越前小浜の寺社仏閣
福井県には、訪れる者に心のやすらぎを与えるような、歴史ある寺社仏閣があります。疲れた心を洗い流し、すがすがしい気持ちになれる。そうした場所があることも、健康的な日々を送るエッセンスになっているのかもしれません。大陸と都を結ぶ玄関口として栄え、「海のある奈良」と呼ばれる小浜。約130もの古刹や数多くの仏像があり、奈良・平安時代の文化が、自然のたたずまいの中にひっそりと残された文化財の宝庫です。

◆ 若狭文化の象徴 明通寺
若狭にある明通寺は、鎌倉時代を代表する建築物で「若狭文化の象徴」とも言われています。北陸を巡行していた坂上田村麻呂が夢のお告げによって806年に創建したと伝えられ、うっそうと茂った杉木立に囲まれて威風堂々とたたずむ本堂と三重塔は国宝に指定されています。

◆ 豊かな仏教文化を感じる古刹の数々
明通寺の他にも、京都や奈良の影響を受けた貴重な文化財がたくさん。主なものを紹介します。(建築物および仏像は国指定重要文化財)
・羽賀寺 木造十一面観音菩薩立像
・国分寺 木造薬師如来坐像
・神宮寺 本堂、仁王門
・萬徳寺 木造阿弥陀如来坐像、枯山水庭園(国名勝)
・多田寺 木造十一面観音菩薩立像
・圓照寺 大日如来坐像、不動明王立像
・妙楽寺 木造千手観音菩薩立像

このほか、普段は公開されていない秘仏についても期間限定での公開を進めており、これらをめぐるガイド付きツアーバスの運行も行われています。また、若狭歴史博物館においても若狭の貴重な文化財を展示しています。

越前の旅 越前の歴史『曹洞宗大本山永平寺』

◆ 道元禅師の御寺、大本山永平寺
五十丁山に入りて永平寺を礼す。
道元禅師の御寺なり。
邦幾千里を避けて、
かかる山陰に跡を残し給ふも、
貴きゆゑ有りとかや

俳人 松尾芭蕉は「奥の細道」の中で、永平寺についてそう書き記しています。深山幽谷に静かにたたずむ曹洞宗大本山永平寺は、1244年、道元禅師が座禅修行の場として創建。現在も約250人の雲水たちが道元の教えを守り、修行に励んでいます。道元禅師は、13歳の時比叡山で出家後、旧仏教の教えに疑問を抱き、中国から禅を伝えた栄西門下の明全禅師に参じて宋(中国)に赴き、28歳で帰朝。京都で約10年間座禅を布教しましたが、寛元元年(1243年)に越前志比庄の領主波多野義重公の勧めで福井に教化の場を移転し、翌年に永平寺(当時は大仏寺)を開きました。永平寺で真実の仏弟子を養成する間、「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」など多くの本を著述しました。

◆ 世界を魅了する、ZENの心
樹齢700年近い老杉を従えた七堂伽藍を中心とする広い境内では、凛とした空気のなか雲水たちが修行に励むとともに、寺内には一般に開かれた道場があり、心の静寂を求めて国内外から訪れる参拝客を迎え入れています。永平寺には、花祭り、冬の灯篭まつりなど年間を通じてさまざまな行事がありますが、中でも毎年8月の大燈籠流し(だいとうろうながし)は有名です。ライトアップされた九頭竜川の河原で僧侶らが読経を行い、先人たちへの愛と感謝・供養の思いを込めた燈籠が流されます。一万基もの燈籠が光の帯となって漂う幻想的な光景は、俗世に生きる人々の疲れた心を清らかに洗い流すかのようです。

越前の旅 越前の歴史『戦国大名朝倉氏』

◆ 戦国大名朝倉氏一族の夢の跡
一乗谷朝倉氏遺跡は、戦国大名朝倉氏一族の五代103年にわたって支配した城下町跡です。約278ヘクタールという広大な敷地には、当時の館跡や庭園をはじめ、日本で唯一の町並みとして復元された町屋などが点在し、全国でも貴重な中世城館跡として国の特別史跡に指定されています。敷地内には、朝倉義景館跡庭園、湯殿跡庭園、諏訪館跡庭園、南陽寺跡庭園があり、それらを総称した一乗谷朝倉氏庭園は、平成3年に国の特別名勝に指定されています。平成19年6月には、約2300点の出土品が一括して重要文化財に指定されました。近くには一乗谷朝倉氏遺跡資料館があり、遺跡から出土した武具類、生活用品など、数多くの歴史資料を展示。軍事、政治、文化に優れ、国盗りの機会に恵まれながらも果たすことのできなかった朝倉氏の歴史ロマンを感じさせてくれます。こうした遺跡のほとんどが破壊されずにほぼ完全な形で残っているのは、朝倉氏滅亡後、越前支配の中心が現在の福井市の中心部に移ったためだそうです。

◆ 織田氏発祥の地
朝倉氏一族に仕えた有力武将としては、明智光秀があげられます。娘の珠(細川ガラシャ)も福井で生まれています。その屋敷跡は、明智神社として大事に保存されています。また、光秀が朝倉氏の次に仕えた織田氏の発祥の地は越前国織田(現在の越前町)と伝えられ、祖先は当時の劔神社の神官を務め、信長自身も氏神として崇敬していたそうです。なお、信長の愛した舞楽「幸若舞」も西田中村(現在の越前町)の桃井直詮(幼名:幸若丸)が創出したといわれています。

越前の旅 越前の歴史『平泉寺』

◆ 白山信仰の拠点、中世の巨大宗教都市史跡
717年、泰澄によって創建されたとされる勝山市の平泉寺(へいせんじ)白山神社。広大な境内に密生する苔の絨毯は京都西芳寺(苔寺)の庭園と並び称されるほどです。また、源義経が東北に逃れる際に立ち寄ったとされています。一向一揆で焼き払われる前は「平泉寺六千坊」と呼ばれるほど、南北に3600、北谷には2400の寺院が存在したとされ、近年、古絵図に描かれた通りの位置から建物や道路・塀の遺構が発見され全国から注目を集めています。

越前の旅 越前の歴史『丸岡城』

◆ 春には400本の桜の霞がかかる柴田勝家の甥勝豊が築城した古城
犬山城と並ぶ日本最古の城、丸岡城。別名「霞が城」と呼ばれ、戦いが始まると城に棲む大蛇が霞を吐いて城を隠してしまうという伝説があります。また、徳川家康の家臣本多作左衛門重次による「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」という最も短い手紙文を刻んだ碑(「お仙」とは、後の丸岡城主本多成重(幼名仙千代))にちなみ、手紙文化の発信地として丸岡町(現坂井市)が「日本一短い手紙」を募集したところ、大反響を得ています。

越前の旅 越前の歴史『福井県立歴史博物館』

◆ レトロな風情あふれる空間でタイムトリップを楽しもう
福井の「モノとモノづくりの歴史」をテーマにした歴史ゾーンや、昭和30~40年代の町並みや農家を再現したトピックゾーン「昭和の暮らし」など、ユニークな展示を行う福井県立歴史博物館。照明なども工夫され、平成15年には照明学会から「2003優秀照明賞」を受賞。福井の歴史や文化の魅力に触れる場所、懐かしい思い出に出会い元気をもらう場所として、広く親しまれています。

越前の旅 越前の歴史『福井市立郷土歴史博物館』

◆ 江戸から明治、近代都市へ福井の激動の歴史をひもとく
昭和28年、足羽山に開館した福井市立郷土歴史博物館が、平成16年に越前松平家の別邸であった「養浩館庭園(旧御泉水屋敷)」に隣接する場所に新築移転。「ふくいのあゆみ」「古代のふくい」「城下町と近代都市」「幕末維新の人物」の4つのテーマに基づいて解説し、地元の人が地域の歴史に目を向けるきっかけを提供しています。

越前の旅 越前の歴史『福井県立若狭歴史博物館』

◆ 京都や奈良など都とのつながりや海を通じた大陸文化とのつながりを体感
ターヘル・アナトミアや解体新書、重要文化財の日本図および世界図屏風をはじめ、若狭ゆかりの中近世の実物資料や重要文化財などの仏像を博物館ならではの手法で美しく展示することで、歴史を通して「癒し・やすらぎの若狭」を体感することが出来ます。また、京都や奈良との深いつながりをもつ「若狭」をプロジェクションマッピングなどで楽しく学べる博物館にもなっています。(平成26年7月オープン)


  • 「越前の旅」コンテンツ

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